資産譲渡、事業譲渡、株式譲渡その3
前回、前々回と、「会社を売却」するオプションのうち、資産譲渡、事業譲渡、そして株式譲渡という3つの手段について、どちらかというと取引を主導する側、つまり、売り手の目線から特徴を検討してきました。今回は、取引によって影響を受ける側である対象会社の従業員や取引先から見てどのような違いがあるかについて検討します。
1. 対象会社の従業員
まず、従業員と対象会社との間には、雇用契約が結ばれています。この雇用契約は、解雇が認められるような場合を除き、原則として従業員の意思に反して雇用主において一方的に解消することができません。
これを前提に、まず株式譲渡の場合、対象会社のオーナーが変わるだけであり、対象会社と従業員との間の雇用契約には何の影響も生じません。
一方、事業譲渡の場合は異なります。すなわち、個別の従業員との間の雇用契約を譲渡するかどうかは全て売り手である対象会社と買い手との間で合意される必要があるとともに、承継する従業員と買い手との間で新たに個別に雇用契約が締結される必要があり、当該従業員の意思に反して売り手と買い手との間で一方的に買い手に転籍させることはできないのが原則です。
そのため、従業員にとって、合併・買収(M&A)のスキームが株式譲渡であるか、事業譲渡であるかは重要な違いをもたらします。
もっとも、株式譲渡の場合でも、譲渡に伴って不採算事業が切り離されたり、清算されたりすることもあり、そのような場合には一時金の支給と引き換えに整理解雇がなされます。また、事業譲渡の場合でも、雇用契約中にグループ間での転籍の合意条項があればそれが有効に作用し、譲渡時の個別の同意なくして転籍が認められることもあります。
2. 対象会社の取引先
対象会社の取引先についても同様です。株式譲渡の場合には、オーナーが変わるだけなので、対象会社の取引先との取引関係には原則として何の影響も生じません。
一方、事業譲渡の場合には、取引先と買い手との間で新たに契約が締結されない限り、原則として従来の取引関係は買い手には承継されません。
もっとも、譲渡制限条項やチェンジオブコントロール条項には留意が必要です。前者は契約上の地位の移転を制限するもの、後者は一方当事者の所有権に重大な変更があった場合には、他方当事者に契約の解除や期限の利益の喪失などの権利や地位が認められるというものです。例えば金融機関との消費貸借契約や取引基本契約などにこれが規定されていることが多く、適用されると株式譲渡の場合でも契約が解消されてしまう可能性がありますので、買い手としてデューデリジェンス(資産査定)実施時に主要な契約にこの条項がないか確認することが必須となります。
取引先としても、M&Aのスキームとともに、チェンジオブコントロール条項などで自分の立場がいかに保護されているか確認することになります。