第85回では、2021年に日本企業がマレーシアで行った合併・買収(M&A)のうち対外的に発表されたものが弊社で確認しているものでも14件あり、うち13件が出資・買収案件で、マジョリティー投資が8件、100%バイアウト(買収)が5件あった旨をご説明しました。今回はそれらの分析を行いつつ、今後増加が見込まれるM&Aの分野について検討してみます。
1.製造業からサービス業へ
21年のM&A案件では株式の譲渡(撤退)の2件を除く12件のうち、製造業に対する出資が5件、サービス業に対する出資が7件ありました。製造業に対する出資案件5件のうち1件は既にマジョリティーを有していた子会社の株式を買い取って完全子会社化した案件でしたので、新規の進出は4件といえます。一方、サービス業については、7件いずれもが新規の投資案件でした。
マレーシアに進出している日系企業は約1,500社あり(日本貿易振興機構=ジェトロ=調べ)、そのうち商工会議所に所属している会社が600社、うち半数が製造業であるといわれます。このように、これまでは相対的に見て安価なマレーシアの労働力を求めて製造業が進出、M&Aを行う事例が目立ったのですが、マレーシアの1人当たり国内総生産(GDP)や最低賃金、それに購買力の上昇に伴って、マレーシアの市場としての側面に注目したサービス業の進出の割合が増加しているのが近年顕著に見られる傾向であるといえます。このことは、上記のように21年単年度の日本企業によるマレーシアでのM&Aの内訳からも見て取れます。
2.新型コロナウイルス感染症の下でのM&A
クロスボーダー(越境)M&Aは新型コロナウイルス感染症による影響を大いに受けました。20年度は積極的なM&A案件はほぼ動きが止まり、21年度も特に6月以降に行われたロックダウン(都市封鎖)の影響がありました。そのような中で、国内で完結できる組織再編型のM&Aが多く見られました。組織再編であれば、新たな投資とは異なり不確定要素が少ないこと、マレーシアに渡航できない状況で新規の投資を検討するのは難しい一方、組織再編は既存の組織を強化して足元を固めるにはふさわしいことが主な理由であると考えられます。弊社でも、100%子会社化、持ち株会社の設立、子会社の統合といった組織再編案件をお手伝いしました。
次に、撤退型のM&Aも多く見られました。マレーシア人の海外渡航が禁じられ(本稿執筆時点でも、観光目的などでのマレーシア人の海外渡航はいまだに禁じられています)、活動制限令によって多くの社会的活動が禁止され、在宅勤務が広く導入された等によって、人々の行動様式が大きく変容したため、日本企業のマレーシアでの経済活動にも大きな影響を与えました。弊社でも複数の撤退型のM&Aをお手伝いしました。
3.今期の見通し
今期は、これまでの流れに沿って、▽ヘルスケア▽フィンテック(ITを活用した金融サービス)関連▽IT関連▽レストラン・ドラッグストアなどの小売り▽コールドチェーン(低温物流)を中心とした物流――などの業界に着目しています。他にも、新型コロナの影響の大きかったホテルや不動産開発、電子商取引(EC)の定着に伴う段ボール製造、日本食を扱う卸売りなどの分野にも一定の需要があるのではないかと考えています。出資割合については、100%買収よりもマジョリティーまたはマイノリティー出資の割合が増える傾向にありそうです。撤退型についても、製造業を中心に引き続き出てくるものと思われます。<プロフィル>神林義之(かんばやし・よしゆき)、ラジフ・ラムザン(Razif Ramzan)LIKEARISINGSUN SDN. BHD. Founder / CEO、日本国弁護士。2015年来馬。17年にM&Aアドバイザリー業務および進出支援等のコンサルティング業務を手掛けるLIKEARISINGSUN SDN. BHD.(ライクアライジングサン、https://likearisingsun.com.my/)を立ち上げて独立。案件の組成、ソーシングからDDや契約書作成などのM&Aの実行、PMIまで全段階をアドバイザーとしてサポートしている。また、日本にLIKEARISINGSUN法律事務所、マレーシアに人材派遣会社のBeable Malaysia SDN. BHD.、人材紹介会社のAgensi Pekerjaan I-Staff SDN. BHD.をそれぞれ有する。提携先ローファーム等と協働し、各種企業法務や、コンプライアンス、解雇や不祥事などの訴訟・紛争案件まで、日系企業のマレーシアでの活動を幅広くサポートしている。マレーシア日本人商工会議所(JACTIM)経営委員・中小企業委員・中小企業相談室室員。連絡先:[email protected]