今回も前回に引き続き意向表明書の記載内容について見ていきます。
1. 当事者・対象会社の特定について(前回の続き)
スキームにより異なりますが、合併・買収(M&A)では、売り手・買い手・対象会社の3者が登場し、株式譲渡の場合には売り手と買い手が当事者となり、対象会社の株式が売買対象物となります。株式譲渡契約は目的物である株式を売買する売買契約の一種と言え、売買契約の申し込みとしての性質を有する意向表明書において売買の目的物を特定する必要があります。この際、株式譲渡の場合は対象となる株式を、「(売り手である○○が有する)○○株式会社の株式○○株」などとして特定すれば足りることになります。
一方で事業譲渡の場合には、売り手と買い手が当事者となり、売り手の事業が売買対象物となります。事業譲渡の場合には株式譲渡と違って事業の内容が一義的には定まりませんので、売買対象物となる事業の内容を、「売り手である○○のマレーシア支店が管轄する事業全て」や、「売り手である○○が有し、○○に所在する○○工場、○○工場内の全ての動産、○○工場で勤務する従業員全て、および○○工場と取引を有する取引先との契約全て」などと特定する必要があります。意向表明においては事業の内容を詳細に特定できない場合でも、最終的な事業譲渡契約においては、不動産一覧、動産一覧、従業員一覧、取引先一覧などの形で譲渡対象物を列記したものを別紙として添付することで譲渡対象の範囲に疑義が生じないように可能な限り詳細に特定する必要があります。
2. 出資・買収の意向、目的、今後の計画について
意向表明書において、買い手は、売り手に対し、出資・買収の意向を明記することになります。そこでは出資・買収の意向を有するに至った理由や目的も記載することが多く、売り手にとっては目的や今後の計画の記載によって買い手の真剣度や取引成立後のシナジーの有無を判断する助けとなります。
出資・買収後の今後の計画につき、株式100%の譲渡の場合、買収後に買い手は対象会社の経営を自由に決定することができるので、売り手に対して今後の計画をわざわざ開示する必要はないと思えるかもしれません。しかし、売り手の当該事業に対する思い、例えば地域の雇用を維持してもらいたいであるとか、既存の施設のコンセプトは維持してもらいたいとか、買い手に対する何らかの意向が存することが一般的ですので、その意向に沿った経営をすることを企図していない買い手は、そのことを理由として選ばれない可能性もあります。
売り手と買い手が協力して対象会社の運営に当たっていくことが予定されているような一部出資の場合には、出資後の計画は売り手にとってさらに重要な意味を持ちます。今後の計画の重要部分に相違がある場合には、早期に解決に向けた協議を行う必要があり、相違があるままで仮に出資が成就したとしても、その後に運営の方針を巡る紛争が生じる大きなリスクがあるからです。